ただ今準備中の展覧会(6/67〜7/8)、その直前になりますが、
「夏至に立つ」やります。 今年の夏至は21日(水)
昨年は荒天のため残念ながら中止にし、本年に延期しておりました。
観測的行為、および記録となりますが、パフォーマンスとして公開しますのでご都合のつく方はぜひお立ち会いください。カードのプレゼントもご用意しています。
今年は朝10時40分ころに平井駅改札に集合していただき現場にご案内します。
場所は公開しませんので直接いらっしゃる場合はメールやFacebookでご連絡頂ければお知らせいたします。
個人的には今年は昨秋亡くなってしまった 中西夏之さんに捧げる という意味合いも加わりました。
昨年の今頃、ちょうどこの企画をしていたとき、中西さんにお知らせしたくて留守電にメッセージを残しました。今思えばその頃はもう病院に入院されていたのですね。
夏至の正午はその一瞬、影がなくなります。てっぺんに太陽がきます。
そのとき垂直に立った状態にいるということは???
どんなことになるのか、一緒に体験していただければと思います。
「立ちたさ_」の活動や周辺のモロモロをご紹介するブログです。 The performance, Ta chi ta sa_ means “the urge to stand up,” the basic concept of which is “Why does a human body apt to be Vertical like a line? “ I named it Ta chi ta sa_ that the act of carefully tracing my urge to come to a standing position from a lying position, and performed and recorded this act in various environments including nature.
2017年5月23日火曜日
2017年1月23日月曜日
Amsterdamへ行ってまいりました。
2017年になりました。
昨年、2016年12月、オランダはアムステルダムの市立美術館、
Stedelijk Museum Amsterdamを訪れ、所蔵の Barnett Newman 作品
『Cathedra』 の前で「立ちたさ」の行為をおこなってまいりました。
秋以降、美術館内コレクション課のHead、Bart Rutten氏の秘書スタッフさんと
細かなメールのやりとりを重ね、詳細をつめていき、
12月5日(月)開館前の時間 8時〜9時45分の間
『Cathedra』の前で Performance および その記録 が可能となりました。
記録は、前回の展覧会で制作をご一緒しました映像作家の加藤初代さんに
Ams.までご同行いただき映像と写真とでバッチリとれました。
12月1日にAms.に入り、2日にさっそく美術館へ行き『Cathedra』と対面。
カメラを置く場所など会場下見を行い、その後、ずっとやり取りをしてきたスタッフさんと会いご挨拶。図書館を案内していただきNewmanや『Cathedra』についての資料集め。
3日の土曜日も図書館は開いていたので引き続き資料集め、整理、コピーとりの作業、、
時差ボケ解消、気温の変化など身体をならす為に少し早めに渡航したのですが、
さすがにずっと緊張していて全く遊ぶ気になれませんでした。
前日の4日は何とかゴッホ美術館へ行き鑑賞、夕方にはAms.で一番古くて大きい
“ 旧教会 ” へ行きました。ひんやりとした静かで大きな空間に身を置き
『Cathedra』と、 Newmanと、 対峙することの意味や、2015年から今までの美術館とのやり取りをゆっくり思い起こしました。
ご承知の方もあるかと思いますが、『Cathedra』は1997年にナイフで切りつけられるという事故にあっている作品です。そんな悲しい歴史をもっているにもかかわらず
今回、遠く極東アジアからやって来る、先方にとっては訳の分からない、わたくしごときにOpenにしていただけたことを思うと、美術館に対しては感謝しかありません。
昨年、2016年12月、オランダはアムステルダムの市立美術館、
Stedelijk Museum Amsterdamを訪れ、所蔵の Barnett Newman 作品
『Cathedra』 の前で「立ちたさ」の行為をおこなってまいりました。
秋以降、美術館内コレクション課のHead、Bart Rutten氏の秘書スタッフさんと
細かなメールのやりとりを重ね、詳細をつめていき、
12月5日(月)開館前の時間 8時〜9時45分の間
『Cathedra』の前で Performance および その記録 が可能となりました。
記録は、前回の展覧会で制作をご一緒しました映像作家の加藤初代さんに
Ams.までご同行いただき映像と写真とでバッチリとれました。
12月1日にAms.に入り、2日にさっそく美術館へ行き『Cathedra』と対面。
カメラを置く場所など会場下見を行い、その後、ずっとやり取りをしてきたスタッフさんと会いご挨拶。図書館を案内していただきNewmanや『Cathedra』についての資料集め。
3日の土曜日も図書館は開いていたので引き続き資料集め、整理、コピーとりの作業、、
時差ボケ解消、気温の変化など身体をならす為に少し早めに渡航したのですが、
さすがにずっと緊張していて全く遊ぶ気になれませんでした。
前日の4日は何とかゴッホ美術館へ行き鑑賞、夕方にはAms.で一番古くて大きい
“ 旧教会 ” へ行きました。ひんやりとした静かで大きな空間に身を置き
『Cathedra』と、 Newmanと、 対峙することの意味や、2015年から今までの美術館とのやり取りをゆっくり思い起こしました。
ご承知の方もあるかと思いますが、『Cathedra』は1997年にナイフで切りつけられるという事故にあっている作品です。そんな悲しい歴史をもっているにもかかわらず
今回、遠く極東アジアからやって来る、先方にとっては訳の分からない、わたくしごときにOpenにしていただけたことを思うと、美術館に対しては感謝しかありません。
2016年10月30日日曜日
『Newmanが背後にいるのですか??』
2014年の「立ちたさ_」展に学生時代の恩師がみに来てくださいました。
その時わたくしは公演のある日でギャラリーにはおらず、お会いできませんでしたが、
ノートにメッセージを残してくださいました。
たくさんお世話になっておきながら、この活動をしていることはなかなか話せず、
展覧会のお知らせも1度も送ったことがありません。 それなのに、どこぞで情報を目にされ足をはこんでくださったようでした。もうびっくりしすぎて息が止まりそうでした。
メッセージの最後に
『Newmanが背後にいるのですか??』
とありました。
いないわけありませんよっ!! 先生!!
学科の先生でBarnett Newmanの「Sublime」崇高、崇高さ について考える授業でした。
わたくしがNewmanと出会ったのはまさにこの授業。さっそく川村記念美術館へ「アンナの光」を見に行きました。
まず、その絵画がつくりだす “ 場 ”に圧倒されました。画面の赤が床にも反射している。
近づいていくと焦点も定まらず、その赤い色に染まる。となりにいる友人も赤い。
絵筆を持ち、手足を動かしながら描いているNewmanも確かにこの画面の前にいたのだ。
「何を描いている?」その「何」というものなどはとっくに突き抜けている。
光そのもの。 衝撃的な出会いでした。
その授業では抽象表現主義についてのみならず、「抽象と感情移入」「存在と時間」など興味深いお話が次々引き合いに出され、それがNewmanの絵画とどうつながるのか?
自分が体感したこととあわせて自分の頭で考察していく作業が実に困難でまた楽しく充実した時間でした。
学校を卒業してからもその先生にはNewmanに関する文章の翻訳を手伝っていただいたりしていました。どうにかしてもっとNewmanを知りたい。勉強したい。近づきたい。。
NYにも行きました。20代の頃です。
その後、中西夏之さんや岩下徹さんとの出会いを経て、今の自分の言葉で言うと
重力から切り離され、ただ垂直のみにあって、うすっぺらい布にすぎないのに
広く深い空間・時間性をはらみ、みている人の心や感覚をぐるぐるかき回す。そして、
貧弱ながら自分の身体に立つ垂線と水平方向の視線をもって目の前の作品と物理的、感覚的、精神的に響きあうことで 今、ここにいる、自分自身も実感する。
そんな絵画、平面作品に強いあこがれをもっており、自分にとってはその最たるものがBarnett Newmanの絵画なのです。
その時わたくしは公演のある日でギャラリーにはおらず、お会いできませんでしたが、
ノートにメッセージを残してくださいました。
たくさんお世話になっておきながら、この活動をしていることはなかなか話せず、
展覧会のお知らせも1度も送ったことがありません。 それなのに、どこぞで情報を目にされ足をはこんでくださったようでした。もうびっくりしすぎて息が止まりそうでした。
メッセージの最後に
『Newmanが背後にいるのですか??』
とありました。
いないわけありませんよっ!! 先生!!
学科の先生でBarnett Newmanの「Sublime」崇高、崇高さ について考える授業でした。
わたくしがNewmanと出会ったのはまさにこの授業。さっそく川村記念美術館へ「アンナの光」を見に行きました。
まず、その絵画がつくりだす “ 場 ”に圧倒されました。画面の赤が床にも反射している。
近づいていくと焦点も定まらず、その赤い色に染まる。となりにいる友人も赤い。
絵筆を持ち、手足を動かしながら描いているNewmanも確かにこの画面の前にいたのだ。
「何を描いている?」その「何」というものなどはとっくに突き抜けている。
光そのもの。 衝撃的な出会いでした。
その授業では抽象表現主義についてのみならず、「抽象と感情移入」「存在と時間」など興味深いお話が次々引き合いに出され、それがNewmanの絵画とどうつながるのか?
自分が体感したこととあわせて自分の頭で考察していく作業が実に困難でまた楽しく充実した時間でした。
学校を卒業してからもその先生にはNewmanに関する文章の翻訳を手伝っていただいたりしていました。どうにかしてもっとNewmanを知りたい。勉強したい。近づきたい。。
NYにも行きました。20代の頃です。
その後、中西夏之さんや岩下徹さんとの出会いを経て、今の自分の言葉で言うと
重力から切り離され、ただ垂直のみにあって、うすっぺらい布にすぎないのに
広く深い空間・時間性をはらみ、みている人の心や感覚をぐるぐるかき回す。そして、
貧弱ながら自分の身体に立つ垂線と水平方向の視線をもって目の前の作品と物理的、感覚的、精神的に響きあうことで 今、ここにいる、自分自身も実感する。
そんな絵画、平面作品に強いあこがれをもっており、自分にとってはその最たるものがBarnett Newmanの絵画なのです。
2016年10月10日月曜日
「立ちたさ_」オランダへ Barnett Newmanと対峙 決定!
12月初旬、オランダ、アムステルダムへ行ってまいります。
市立美術館所蔵、Barnett Newmanの作品の前で立つ行為をし、記録をとってまいります。
ここ1年半くらいの間、ずっとこの準備をしていました。
美術館とNewman Foundation より許諾もいただき、ようやくご報告できます。
作品は「CATHEDRA」というブルーの大きな作品です。横の長さが5m!
2014年の展覧会&公演を終え、”次は?”とよく聞かれました。
んーー
この人!と思うようなあこがれのミュージシャンやパフォーマーの方々とは
光栄なことにもうご一緒できましたし。。
感覚やお話でやり取りをしながら作品を作り出していくということの充実感も
十分えられました。
あとは誰だろう…??
ぼんやりとアンテナははっていましたが、んーーー
そうこうするうち、そのアンテナというよりも日常に起きていた様々なことがきっかけとなり、、
国内に唯一あったNewmanの大きな作品「アンナの光」がなくなってしまったこと、
父親が亡くなったこと、
20年近く会えていなかった恩師がひょっこり展覧会を見にきてくださったこと、
海外在住の友人に久しぶりに会って話をしたこと、 などなど
その前後の感情が大きく波打つイロイロな出来事が少しずつ少しずつ作用し
むむっ? あれあれ?
自分はBarnett Newmanと向き合うためにこの活動をしてきたのではないか…?
と思えてきました。
かつて「アンナの光」の前に2時間くらい立っていたことがありますが、
今、勇気を持ってしっかりNewmanと、その作品と対峙するとしたら
この「立ちたさ_」の行為をもって以外はない。そして、自分が海外に出て行きNewmanを連れて帰ってくる!
そう強く思うようになったのです。
このブログの2015年7月5日の投稿の時にはもう心は決まっていました。
今回の記録の発表は来年初夏を予定しています。
http://www.stedelijk.nl/en
市立美術館所蔵、Barnett Newmanの作品の前で立つ行為をし、記録をとってまいります。
ここ1年半くらいの間、ずっとこの準備をしていました。
美術館とNewman Foundation より許諾もいただき、ようやくご報告できます。
作品は「CATHEDRA」というブルーの大きな作品です。横の長さが5m!
2014年の展覧会&公演を終え、”次は?”とよく聞かれました。
んーー
この人!と思うようなあこがれのミュージシャンやパフォーマーの方々とは
光栄なことにもうご一緒できましたし。。
感覚やお話でやり取りをしながら作品を作り出していくということの充実感も
十分えられました。
あとは誰だろう…??
ぼんやりとアンテナははっていましたが、んーーー
そうこうするうち、そのアンテナというよりも日常に起きていた様々なことがきっかけとなり、、
国内に唯一あったNewmanの大きな作品「アンナの光」がなくなってしまったこと、
父親が亡くなったこと、
20年近く会えていなかった恩師がひょっこり展覧会を見にきてくださったこと、
海外在住の友人に久しぶりに会って話をしたこと、 などなど
その前後の感情が大きく波打つイロイロな出来事が少しずつ少しずつ作用し
むむっ? あれあれ?
自分はBarnett Newmanと向き合うためにこの活動をしてきたのではないか…?
と思えてきました。
かつて「アンナの光」の前に2時間くらい立っていたことがありますが、
今、勇気を持ってしっかりNewmanと、その作品と対峙するとしたら
この「立ちたさ_」の行為をもって以外はない。そして、自分が海外に出て行きNewmanを連れて帰ってくる!
そう強く思うようになったのです。
このブログの2015年7月5日の投稿の時にはもう心は決まっていました。
今回の記録の発表は来年初夏を予定しています。
http://www.stedelijk.nl/en
2016年6月21日火曜日
「夏至に立つ」雨天により中止
7時半にカメラマンさんと相談の上 中止 となりました。
・・・・残念・・・・・
その後、ぐるぐるうだうだと考え込むも、9時前にお手伝いをお願いしていた友人と電話で話しをしながら自分の頭の中と気持ちを整理し、 やはり 中止 と決めました。
来年に延期です。
これまで、雨に打たれながら立ったこともありましたが、
今回の目的は夏至の正午、太陽と対峙すること。そして記録をとること。
雨雲と雨を押して垂線を立てることはできるかもしれないけれど、、??
身体に触れる雨や地面の砂などの方がドラマチックに見えすぎてしまい、
ただでさえ見えない太陽との関係性や時間があまりにも見えにくく、
目的がブレてしまうのではないか? クリアに見えてこないのではないか?
というのが理由です。
いろいろ準備してきたのに残念、平日にもかかわらず予定していてくださっていた方々、
本当に申し訳ありません。
写真は本日終わってからお配りしようと作成していたカードです。
これは裏面で表面はっ!! 来年のおたのしみ☆ です!
2016年6月9日木曜日
2016年5月23日月曜日
公開します!「夏至に立つ_」 6月21日
「立ちたさ_」2016 いろんな準備等々動いてはいるのですが、
行為としては今年初?!
6月21日(火)夏至の日のお昼に「立ちたさ_」やります。
夏至と言えばお昼の長さが1年で一番長い日。そして、正午には太陽が頭上の一番遠い真上にきます。
行為としては今年初?!
6月21日(火)夏至の日のお昼に「立ちたさ_」やります。
夏至と言えばお昼の長さが1年で一番長い日。そして、正午には太陽が頭上の一番遠い真上にきます。
いつも身体や水平や環境を感じながら身体の中に垂線がとおり、頭上高く垂線をのばしていきますが、夏至の正午にはその垂線の先に太陽がいてくれることになります。
地球の真ん中から私の身体をとおって太陽まで一直線に貫く垂線。
地球の表面では足の裏という点の接地面、その水平面を手がかりに
観測装置のようになって測っていきながら(?)なんとか太陽までの垂線が立てばよいな
と思います。
さて、どうなることやら……???
本来なら自分と記録のカメラマンとでその場へ出向き、行為し記録をとる、
そして、展示する、とするのですが、
これまで展覧会などで様々な環境での記録を見て頂いた折に
見たかった、この場にいたかった、というご意見ご感想をたくさんいただきましたので、
今回は事前に告知をし、公開します。
スタッフもおりませんので、何のおかまいもできませんが、
地面と私と太陽とが見られる距離のところでご覧ください。
「立ちたさ_ 夏至に立つ」2016
日時:6月21日(火)2016. 小雨決行
時間:正午前後、12:00に立っている状態でいられるよう11:15くらいのスタート??
場所:荒川放水路のひらけたところ JR平井駅から徒歩 墨田区または江戸川区
ロケハンが終わり詳細決定しましたらまたアップします。
ご興味ある方はぜひ見にいらしてください。
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