2020年はBarnett Newman 没後50年の記念の年です。
「立ちたさ Barnett Newman と対峙」シリーズでこの年には是非とも本国アメリカに出掛けたいと思っていました。
2018年からアメリカ国内の美術館にオファーをし始め、真っ先にお返事をくださったのが
ワシントンD.C.にあるNational Gallery of Art でした。
作品は日本にも来たことのある(2015年MIHO Museum)
「十字架の道行き」"The Stations of the Cross" (1958-66)です。
何度かやり取りを重ね今年の1月に正式なOKサインをいただきました。
3月には近現代美術のシニアキュレーター、Harry Cooper氏より許可証が届きました。
日程はNewmanの命日で独立記念日でもある7月4日の予定でしたが、
新型コロナウィルス,パンデミックの影響で10月中旬に延期になりました。
パフォーマンス内容についてはCooperさん、実務的なことについてはアシスタントキュレーターのEmilyさんと実施に向けてのやりとりは進んでいますが
7月に入ってからCooperさんよりご連絡があり、会場となる東館の改装工事が遅れているため来年にしましょう、との事。
カナダのNational Gallery of CANADA からも3月に大変前向きなお返事をいただいております。
作品は"Voice of Fire"(1967) 1967年のモントリオールExpo に出展された作品です。
2020年中に渡米できるかはまだまだあやしいですが、
COVID-19に惑わされすぎる事なく、しっかり前を向いて活動を進めてまいります。
「立ちたさ_」の活動や周辺のモロモロをご紹介するブログです。 The performance, Ta chi ta sa_ means “the urge to stand up,” the basic concept of which is “Why does a human body apt to be Vertical like a line? “ I named it Ta chi ta sa_ that the act of carefully tracing my urge to come to a standing position from a lying position, and performed and recorded this act in various environments including nature.
2020年7月8日水曜日
2018年12月3日月曜日
Kunstmuseum Basel へ!下見してまいりました。
展覧会もまあまあ落ち着いてきたので、中抜けして土曜日にようやくバーゼル美術館へ。
まずはNewmanのところへ!
会えました!!
展示室は思っていたよりも狭くて、Newmanの右隣、スティルClyfford Stillの作品がかなり大きいのと、左隣のロスコMark Rothkoの作品が黒に黒、という見たことのないかなり強烈な作品。もう圧巻!の展示室。
その真ん中のNewmanの2点はかなり品が良い??と思いきや、その空間に入ってジーーっと見ていると、やはり横綱。
鑑賞するというのは、場に入ることなのだなぁ と改めて実感。
写真はちょっとだけ。
同じ展示室にあるジャコメッティの脚越しに見るパフォーマンス予定の空間。
まずはNewmanのところへ!
会えました!!
展示室は思っていたよりも狭くて、Newmanの右隣、スティルClyfford Stillの作品がかなり大きいのと、左隣のロスコMark Rothkoの作品が黒に黒、という見たことのないかなり強烈な作品。もう圧巻!の展示室。
その真ん中のNewmanの2点はかなり品が良い??と思いきや、その空間に入ってジーーっと見ていると、やはり横綱。
鑑賞するというのは、場に入ることなのだなぁ と改めて実感。
”Day before one" の方は想像以上にすごくて、Cathedraと同じ’51年作。
”White Fire IV”の方は’68年作、さすがにこなれ感もあり落ち着いていて、
Fire なのに白に白という挑戦的な気合いが感じられました。静かに。
すぐ隣の部屋ではポロックの映像が流れていてこの音声は記録映像に確実に入ることになりますね。
さて、ここでどんな行為になるのか、、、ガツンと気合いが入りました。
写真はちょっとだけ。
同じ展示室にあるジャコメッティの脚越しに見るパフォーマンス予定の空間。
雨降りの寒い日でした。
2018年11月29日木曜日
Ta chi ta sa_Ausstellung 2018 始まりました!!
Baselはとても寒いです。
会場はとても古い建物なのでダメージのないよう壁を立てました。日本から持ってきたアジョスターを使い感心されました。
会場はとても古い建物なのでダメージのないよう壁を立てました。日本から持ってきたアジョスターを使い感心されました。
私の身長155センチが等身大に映せました。
アーティストグッズ作りました!手ぬぐいです。
2018年10月30日火曜日
「立ちたさ_」スイスへ!
「立ちたさ」 Barnett Newman と 対 峙 in Basel
スイス、バーゼル市のKunstmuseum Basel(バーゼル市立美術館)Newman作品展示室内で立つ行為をしてまいります。また、同時期にバーゼル市内のギャラリーで前作「立ちたさ」VS Cathedraの展覧会を開催します。 もう来月です。
「立ちたさ_」展 2018 in Basel
『「立ちたさ_」 Barnett Newman と 対峙 in Amsterdam』
◆日時◆2018年11月27日(火) ~ 12月11日(火)2週間(土日を含む)
◆会場◆バーゼル市内のアートスペース DruckreiHalle
http://www.druckereihalle.ch/home-15.html
Druckrei Halle St. Johanns-Vorstadt 19-21, CH-4056 Basel
◆日時◆2018年11月27日(火) ~ 12月11日(火)2週間(土日を含む)
◆会場◆バーゼル市内のアートスペース DruckreiHalle
http://www.druckereihalle.ch/home-15.html
Druckrei Halle St. Johanns-Vorstadt 19-21, CH-4056 Basel
ようやく公表する決心がつきました。
昨夏、展覧会を終え、まとめて報告までしたら放心様態に。。。
でも、のんびりはしていられなくて冬にはのそのそと動き出しました。
そう、このBarnett Newmanと対峙するシリーズはワールドツアーなのです。
以下、企画文です↓↓ ↓↓
「立ちたさ」 Barnett Newman と 対 峙 in Baselパフォーマンス と 展覧会
「立ちたさ」 Barnett Newman と 対峙、初回の in Amsterdam , につづき第2弾として 本年12月スイス、バーゼル市のバーゼル市立美術館(Kunstmuseum Basel)を訪れ、 所蔵のNewman作品の前で行為し、映像と写真で記録をとってまいります。また、同 時期にバーゼル市内のアートスペースにて前作「立ちたさ」vs Cathedra の展覧会を開催します。
バーゼル市はNewman本人が訪れたことのある地でありバーゼル市立美術館は1950年 代よりNewmanと信頼関係を築き、絵画、彫刻、ドローイング、版画作品など充実し たコレクションを所蔵しています。全体に作品数の少ないNewmanにおいて、また、 地元アメリカから離れた欧州においては大変めずらしく重要な美術館です。最近では2016年に「Barnett NewmanDrawings and Prints」(4/19 - 8/7,2016) という展覧会 が 開催されています。 現在、この美術館の展示室には「White Fire IV」,「Day Before One」という驚くほど 縦に長い作品2点が並んで展示されています。色も構成も対照的な2点の前の空間、 その真ん中に入り、どのように立つことができるのか?Newmanという空間に真剣勝 負で対峙します。
展覧会では前作 「立ちたさ」 Barnett Newman と 対 峙 in Amsterdam 東京展と同様 「立ちたさ」vs Cathedraの映像上映をメインに写真や来歴などを取材した資料の展示 をおこないます。アムステルダム市立美術館 (Stedelijk Museum Amsterdam) はアメリカの美術がヨーロッパに紹介される際の窓 口となったような美術館です。「Cathedra」(1951) はNewmanが新しい絵画を追求す る中で最も充実した時期の大作であり、また、ナイフで切りつけられるという悲しい 体験をもつ作品でもありました。伊宝田が美術館やNewman財団と交渉し許諾を取 り、その”Cathedra”と、赤いコスチュームで襟を正し対峙した様子を記録した作品に なります。
伊宝田の「立ちたさ」の行為もBarnett Newmanというアーティスト、その作品も、 ヨーロッパからは決し生まれてくることのなかったオリジナルのアートです。 深く長い芸術の伝統をもつヨーロッパの人々、Newmanと親しいバーゼルの人々にこ の対峙を見ていただくのが目的です。
伊宝田隆子「立ちたさ_」2018
「立ちたさ」 Barnett Newman と 対峙、初回の in Amsterdam , につづき第2弾として 本年12月スイス、バーゼル市のバーゼル市立美術館(Kunstmuseum Basel)を訪れ、 所蔵のNewman作品の前で行為し、映像と写真で記録をとってまいります。また、同 時期にバーゼル市内のアートスペースにて前作「立ちたさ」vs Cathedra の展覧会を開催します。
バーゼル市はNewman本人が訪れたことのある地でありバーゼル市立美術館は1950年 代よりNewmanと信頼関係を築き、絵画、彫刻、ドローイング、版画作品など充実し たコレクションを所蔵しています。全体に作品数の少ないNewmanにおいて、また、 地元アメリカから離れた欧州においては大変めずらしく重要な美術館です。最近では2016年に「Barnett NewmanDrawings and Prints」(4/19 - 8/7,2016) という展覧会 が 開催されています。 現在、この美術館の展示室には「White Fire IV」,「Day Before One」という驚くほど 縦に長い作品2点が並んで展示されています。色も構成も対照的な2点の前の空間、 その真ん中に入り、どのように立つことができるのか?Newmanという空間に真剣勝 負で対峙します。
展覧会では前作 「立ちたさ」 Barnett Newman と 対 峙 in Amsterdam 東京展と同様 「立ちたさ」vs Cathedraの映像上映をメインに写真や来歴などを取材した資料の展示 をおこないます。アムステルダム市立美術館 (Stedelijk Museum Amsterdam) はアメリカの美術がヨーロッパに紹介される際の窓 口となったような美術館です。「Cathedra」(1951) はNewmanが新しい絵画を追求す る中で最も充実した時期の大作であり、また、ナイフで切りつけられるという悲しい 体験をもつ作品でもありました。伊宝田が美術館やNewman財団と交渉し許諾を取 り、その”Cathedra”と、赤いコスチュームで襟を正し対峙した様子を記録した作品に なります。
伊宝田の「立ちたさ」の行為もBarnett Newmanというアーティスト、その作品も、 ヨーロッパからは決し生まれてくることのなかったオリジナルのアートです。 深く長い芸術の伝統をもつヨーロッパの人々、Newmanと親しいバーゼルの人々にこ の対峙を見ていただくのが目的です。
伊宝田隆子「立ちたさ_」2018
2017年1月23日月曜日
Amsterdamへ行ってまいりました。
2017年になりました。
昨年、2016年12月、オランダはアムステルダムの市立美術館、
Stedelijk Museum Amsterdamを訪れ、所蔵の Barnett Newman 作品
『Cathedra』 の前で「立ちたさ」の行為をおこなってまいりました。
秋以降、美術館内コレクション課のHead、Bart Rutten氏の秘書スタッフさんと
細かなメールのやりとりを重ね、詳細をつめていき、
12月5日(月)開館前の時間 8時〜9時45分の間
『Cathedra』の前で Performance および その記録 が可能となりました。
記録は、前回の展覧会で制作をご一緒しました映像作家の加藤初代さんに
Ams.までご同行いただき映像と写真とでバッチリとれました。
12月1日にAms.に入り、2日にさっそく美術館へ行き『Cathedra』と対面。
カメラを置く場所など会場下見を行い、その後、ずっとやり取りをしてきたスタッフさんと会いご挨拶。図書館を案内していただきNewmanや『Cathedra』についての資料集め。
3日の土曜日も図書館は開いていたので引き続き資料集め、整理、コピーとりの作業、、
時差ボケ解消、気温の変化など身体をならす為に少し早めに渡航したのですが、
さすがにずっと緊張していて全く遊ぶ気になれませんでした。
前日の4日は何とかゴッホ美術館へ行き鑑賞、夕方にはAms.で一番古くて大きい
“ 旧教会 ” へ行きました。ひんやりとした静かで大きな空間に身を置き
『Cathedra』と、 Newmanと、 対峙することの意味や、2015年から今までの美術館とのやり取りをゆっくり思い起こしました。
ご承知の方もあるかと思いますが、『Cathedra』は1997年にナイフで切りつけられるという事故にあっている作品です。そんな悲しい歴史をもっているにもかかわらず
今回、遠く極東アジアからやって来る、先方にとっては訳の分からない、わたくしごときにOpenにしていただけたことを思うと、美術館に対しては感謝しかありません。
昨年、2016年12月、オランダはアムステルダムの市立美術館、
Stedelijk Museum Amsterdamを訪れ、所蔵の Barnett Newman 作品
『Cathedra』 の前で「立ちたさ」の行為をおこなってまいりました。
秋以降、美術館内コレクション課のHead、Bart Rutten氏の秘書スタッフさんと
細かなメールのやりとりを重ね、詳細をつめていき、
12月5日(月)開館前の時間 8時〜9時45分の間
『Cathedra』の前で Performance および その記録 が可能となりました。
記録は、前回の展覧会で制作をご一緒しました映像作家の加藤初代さんに
Ams.までご同行いただき映像と写真とでバッチリとれました。
12月1日にAms.に入り、2日にさっそく美術館へ行き『Cathedra』と対面。
カメラを置く場所など会場下見を行い、その後、ずっとやり取りをしてきたスタッフさんと会いご挨拶。図書館を案内していただきNewmanや『Cathedra』についての資料集め。
3日の土曜日も図書館は開いていたので引き続き資料集め、整理、コピーとりの作業、、
時差ボケ解消、気温の変化など身体をならす為に少し早めに渡航したのですが、
さすがにずっと緊張していて全く遊ぶ気になれませんでした。
前日の4日は何とかゴッホ美術館へ行き鑑賞、夕方にはAms.で一番古くて大きい
“ 旧教会 ” へ行きました。ひんやりとした静かで大きな空間に身を置き
『Cathedra』と、 Newmanと、 対峙することの意味や、2015年から今までの美術館とのやり取りをゆっくり思い起こしました。
ご承知の方もあるかと思いますが、『Cathedra』は1997年にナイフで切りつけられるという事故にあっている作品です。そんな悲しい歴史をもっているにもかかわらず
今回、遠く極東アジアからやって来る、先方にとっては訳の分からない、わたくしごときにOpenにしていただけたことを思うと、美術館に対しては感謝しかありません。
2016年10月30日日曜日
『Newmanが背後にいるのですか??』
2014年の「立ちたさ_」展に学生時代の恩師がみに来てくださいました。
その時わたくしは公演のある日でギャラリーにはおらず、お会いできませんでしたが、
ノートにメッセージを残してくださいました。
たくさんお世話になっておきながら、この活動をしていることはなかなか話せず、
展覧会のお知らせも1度も送ったことがありません。 それなのに、どこぞで情報を目にされ足をはこんでくださったようでした。もうびっくりしすぎて息が止まりそうでした。
メッセージの最後に
『Newmanが背後にいるのですか??』
とありました。
いないわけありませんよっ!! 先生!!
学科の先生でBarnett Newmanの「Sublime」崇高、崇高さ について考える授業でした。
わたくしがNewmanと出会ったのはまさにこの授業。さっそく川村記念美術館へ「アンナの光」を見に行きました。
まず、その絵画がつくりだす “ 場 ”に圧倒されました。画面の赤が床にも反射している。
近づいていくと焦点も定まらず、その赤い色に染まる。となりにいる友人も赤い。
絵筆を持ち、手足を動かしながら描いているNewmanも確かにこの画面の前にいたのだ。
「何を描いている?」その「何」というものなどはとっくに突き抜けている。
光そのもの。 衝撃的な出会いでした。
その授業では抽象表現主義についてのみならず、「抽象と感情移入」「存在と時間」など興味深いお話が次々引き合いに出され、それがNewmanの絵画とどうつながるのか?
自分が体感したこととあわせて自分の頭で考察していく作業が実に困難でまた楽しく充実した時間でした。
学校を卒業してからもその先生にはNewmanに関する文章の翻訳を手伝っていただいたりしていました。どうにかしてもっとNewmanを知りたい。勉強したい。近づきたい。。
NYにも行きました。20代の頃です。
その後、中西夏之さんや岩下徹さんとの出会いを経て、今の自分の言葉で言うと
重力から切り離され、ただ垂直のみにあって、うすっぺらい布にすぎないのに
広く深い空間・時間性をはらみ、みている人の心や感覚をぐるぐるかき回す。そして、
貧弱ながら自分の身体に立つ垂線と水平方向の視線をもって目の前の作品と物理的、感覚的、精神的に響きあうことで 今、ここにいる、自分自身も実感する。
そんな絵画、平面作品に強いあこがれをもっており、自分にとってはその最たるものがBarnett Newmanの絵画なのです。
その時わたくしは公演のある日でギャラリーにはおらず、お会いできませんでしたが、
ノートにメッセージを残してくださいました。
たくさんお世話になっておきながら、この活動をしていることはなかなか話せず、
展覧会のお知らせも1度も送ったことがありません。 それなのに、どこぞで情報を目にされ足をはこんでくださったようでした。もうびっくりしすぎて息が止まりそうでした。
メッセージの最後に
『Newmanが背後にいるのですか??』
とありました。
いないわけありませんよっ!! 先生!!
学科の先生でBarnett Newmanの「Sublime」崇高、崇高さ について考える授業でした。
わたくしがNewmanと出会ったのはまさにこの授業。さっそく川村記念美術館へ「アンナの光」を見に行きました。
まず、その絵画がつくりだす “ 場 ”に圧倒されました。画面の赤が床にも反射している。
近づいていくと焦点も定まらず、その赤い色に染まる。となりにいる友人も赤い。
絵筆を持ち、手足を動かしながら描いているNewmanも確かにこの画面の前にいたのだ。
「何を描いている?」その「何」というものなどはとっくに突き抜けている。
光そのもの。 衝撃的な出会いでした。
その授業では抽象表現主義についてのみならず、「抽象と感情移入」「存在と時間」など興味深いお話が次々引き合いに出され、それがNewmanの絵画とどうつながるのか?
自分が体感したこととあわせて自分の頭で考察していく作業が実に困難でまた楽しく充実した時間でした。
学校を卒業してからもその先生にはNewmanに関する文章の翻訳を手伝っていただいたりしていました。どうにかしてもっとNewmanを知りたい。勉強したい。近づきたい。。
NYにも行きました。20代の頃です。
その後、中西夏之さんや岩下徹さんとの出会いを経て、今の自分の言葉で言うと
重力から切り離され、ただ垂直のみにあって、うすっぺらい布にすぎないのに
広く深い空間・時間性をはらみ、みている人の心や感覚をぐるぐるかき回す。そして、
貧弱ながら自分の身体に立つ垂線と水平方向の視線をもって目の前の作品と物理的、感覚的、精神的に響きあうことで 今、ここにいる、自分自身も実感する。
そんな絵画、平面作品に強いあこがれをもっており、自分にとってはその最たるものがBarnett Newmanの絵画なのです。
2016年10月10日月曜日
「立ちたさ_」オランダへ Barnett Newmanと対峙 決定!
12月初旬、オランダ、アムステルダムへ行ってまいります。
市立美術館所蔵、Barnett Newmanの作品の前で立つ行為をし、記録をとってまいります。
ここ1年半くらいの間、ずっとこの準備をしていました。
美術館とNewman Foundation より許諾もいただき、ようやくご報告できます。
作品は「CATHEDRA」というブルーの大きな作品です。横の長さが5m!
2014年の展覧会&公演を終え、”次は?”とよく聞かれました。
んーー
この人!と思うようなあこがれのミュージシャンやパフォーマーの方々とは
光栄なことにもうご一緒できましたし。。
感覚やお話でやり取りをしながら作品を作り出していくということの充実感も
十分えられました。
あとは誰だろう…??
ぼんやりとアンテナははっていましたが、んーーー
そうこうするうち、そのアンテナというよりも日常に起きていた様々なことがきっかけとなり、、
国内に唯一あったNewmanの大きな作品「アンナの光」がなくなってしまったこと、
父親が亡くなったこと、
20年近く会えていなかった恩師がひょっこり展覧会を見にきてくださったこと、
海外在住の友人に久しぶりに会って話をしたこと、 などなど
その前後の感情が大きく波打つイロイロな出来事が少しずつ少しずつ作用し
むむっ? あれあれ?
自分はBarnett Newmanと向き合うためにこの活動をしてきたのではないか…?
と思えてきました。
かつて「アンナの光」の前に2時間くらい立っていたことがありますが、
今、勇気を持ってしっかりNewmanと、その作品と対峙するとしたら
この「立ちたさ_」の行為をもって以外はない。そして、自分が海外に出て行きNewmanを連れて帰ってくる!
そう強く思うようになったのです。
このブログの2015年7月5日の投稿の時にはもう心は決まっていました。
今回の記録の発表は来年初夏を予定しています。
http://www.stedelijk.nl/en
市立美術館所蔵、Barnett Newmanの作品の前で立つ行為をし、記録をとってまいります。
ここ1年半くらいの間、ずっとこの準備をしていました。
美術館とNewman Foundation より許諾もいただき、ようやくご報告できます。
作品は「CATHEDRA」というブルーの大きな作品です。横の長さが5m!
2014年の展覧会&公演を終え、”次は?”とよく聞かれました。
んーー
この人!と思うようなあこがれのミュージシャンやパフォーマーの方々とは
光栄なことにもうご一緒できましたし。。
感覚やお話でやり取りをしながら作品を作り出していくということの充実感も
十分えられました。
あとは誰だろう…??
ぼんやりとアンテナははっていましたが、んーーー
そうこうするうち、そのアンテナというよりも日常に起きていた様々なことがきっかけとなり、、
国内に唯一あったNewmanの大きな作品「アンナの光」がなくなってしまったこと、
父親が亡くなったこと、
20年近く会えていなかった恩師がひょっこり展覧会を見にきてくださったこと、
海外在住の友人に久しぶりに会って話をしたこと、 などなど
その前後の感情が大きく波打つイロイロな出来事が少しずつ少しずつ作用し
むむっ? あれあれ?
自分はBarnett Newmanと向き合うためにこの活動をしてきたのではないか…?
と思えてきました。
かつて「アンナの光」の前に2時間くらい立っていたことがありますが、
今、勇気を持ってしっかりNewmanと、その作品と対峙するとしたら
この「立ちたさ_」の行為をもって以外はない。そして、自分が海外に出て行きNewmanを連れて帰ってくる!
そう強く思うようになったのです。
このブログの2015年7月5日の投稿の時にはもう心は決まっていました。
今回の記録の発表は来年初夏を予定しています。
http://www.stedelijk.nl/en
2015年7月5日日曜日
バーネット ニューマン
好きすぎて、結びつきが強すぎて、関係が深すぎて、、
この人のことは誰とも話したくない。
自分とその人に間に誰も入ってきて欲しくないと思う人が2人いて
1人は私のことをとりあげてくださったお医者さん。
女医さんで台湾のご出身らしい、町の小さな医院のお医者さん。
そして、もう1人が画家のバーネットニューマンです。
7月4日はニューマンの命日。私の誕生日が7月5日。縁を感じます。
3月〜6月、連作の「十字架の道行き」が日本に来ていました。
滋賀県の美術館で少々遠かったですが、5月に行ってまいりました。
久しぶりの対面!(涙)
大きな作品がここ日本にないということを思うたび ” 空 虚 ”
心の中の穴がひろがる一方です。
登録:
投稿 (Atom)


